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Vol.221 背泳

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  6月末だった。2Fの沿岸の生き物水槽に最近見慣れない小さな魚が数匹、よく観るとヒイラギが戻って来ていた。魚偏が多い魚名の中で、木偏で「柊」と珍しい魚である。魚偏にするとコノシロ(鮗)になってしまうからだろうか。樹木のヒイラギと混同しないように「柊魚」と書かれている場合もある。

ヒイラギと言えばいつも思い出す。もう10年近く前のことになる。暮れも押し詰まったある日、円形水槽で光りもののコノシロやトウゴロウイワシが群れてぐるぐる回る中に、水底近くをちょっと変った泳ぎ方をする小さな魚が目にとまった。魚名板にある上記の2種とは少しちがい、動きが活発だ。
初めはわからなかったが、よく見るとヒイラギのよう。それも何と上下逆さまで“背泳”をしているヒイラギだった。

この不思議な泳ぎを、ちょうど水槽前にいたお母さんと来ていた小学生に話すと、彼は何を思ったのか突然股のぞきを始めた。天橋立観光で見られる光景である。魚が逆さまなら自分も逆さまになれば普通に見えると思ったのだろうか?
この小学生からは円形水槽の魚はナゼぐるぐると回るのかと質問を受けていたが、何でも聞いてみようやってみようと探求心旺盛な小学生である。ところが、どういうわけかヒイラギの背泳には疑問がわかなかったのか質問がなかった。

弱った魚が白い腹部を上にしてフラフラとしていることは自然界ではよく見かける。水槽のヒイラギはそのような様子はまったくなく、いつまでも他の魚と同じようにスイスイと活発に“背泳”を続けていた。30分ばかり眺めていたが、その間一度も普通の泳ぎに戻らなかった。

数日後、水槽を覗いてみると、まだ元気そのもので“背泳”を根気良く続けているではないか。エサを食べる時も逆さまの状態で上手に食べている。小さくて見にくいエサだが、食べた瞬間、必ず口の付近がキラリと光るので食べていることがよくわかる。他の魚と一緒に泳いでいてもその俊敏さほとんど違和感が無い。
魚の能力(持久力)は想像以上である。ソウルオリンピック背泳部門、金メダルリストでバルサ泳法の鈴木大地選手も顔負けだ。この調子なら年が明けてもまだ続いているのではないだろうか。

サンゴ水槽では、時々魚の背泳が見られる特異な場所がある。水面近くで擬岩が、ひさしのように突き出ている直下に集まる魚達は、ほとんど背泳姿勢をとる。途中までは正常姿勢で、暗い擬岩の下を通過するときだけ背泳を始める不思議な現象。一般的に魚は背に光を受けるように姿勢を保つ習性があるから、擬岩で光が遮られたのが影響したのだろう。
十数年前、多分毛利さんの時だったか重力の小さいスペースシャトルの中でコイを使ってこの背光反応を見る実験が行なわれている。横から光を当てればその方向に背を向け真横になる。上記のヒイラギの行動は光の関係ではなさそうである。

魚の中には他の魚と比べて変った姿勢を常態とする種類も少なくない。海響館で展示されたものの中にもその姿勢に特徴があるのがヘコアユ(逆立ち泳ぎ)アオギハゼ(立ち泳ぎ)サギフエ(傾斜泳ぎ)など、どんな事情があってこんな苦しい?個性的な姿勢を保っているのだろうか。
それぞれ人間には想像できないメリットがあるのだろう。コイの代りにヘコアユやアオギハゼだったら無重力空間ではどんな泳ぎを見せてくれるのだろう。一度見てみたいものである。

魚類以外にも、背泳が得意な生き物がいた。カブトガニである。あの体形で水槽内を泳ぐことはほとんどないが、以前観察を続けていた海響館産まれのカブトガニは孵化直後から1~2齢(脱皮回数1~2回)のころはしばしば逆さま泳ぎが見られた。
逆さまになることで甲羅がタライ舟になり本の頁をめくるようにエラをパタパタすることで前へ進む理屈である。最初カブトガニが泳ぐと聞いたとき、あの体形でどうして泳げるのかと思ったが背泳するとは想像もしなかった。コロンブスの卵であった。

いずれの泳ぎ方も、それぞれがその時の体の状況や周辺環境に沿って、最も理にかなった泳ぎ方をしているようで面白い。

解説ボランティア:唐櫃 山人

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