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Vol.219 エピソード記憶

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 昨年、園芸センターで貰った庭のハクチョウソウ(学名:ガウラ)がつぎつぎと小さな花をつけている。高さ1mほどに伸びた先に小さな白い花が咲くが、白いチョウチョが飛びまわっているように見えるのが名前の由来とか。多年草なので毎年咲くらしい。最近、たびたび通る近くの病院の花壇で、この花が咲き乱れ、風にゆれているのに初めて気が付いた。毎年ここで咲き、眼に入っていたはずなのに全く気が付かなかった。

よく出かける街中でも、いつの間にか更地になっていたり、新しい建物ができていたりすると、元はそこにどんな建物があったのか思い出せないことがよくある。商店街など同じような店が並んでいる場合も 新しいコーヒーショップが出店すると、さて、元は何の店だったか思い出せない。多分、それまではただ見えていただけで、観ていなかったのだろう。また、関心がなければ見えていても頭に残らないから結果的には見ていないのと同じである。

水族館では、大小70近い展示水槽のどれかが、突然なくなってしまい、新しい水槽が出現するということはそれほど多くはない。その代わりというわけではないが、見慣れている水槽内の擬岩や水中造形物の変化や、いつもと違う魚が入っていたり、人気の大物が突然姿を消したりすることはよくあることである。
ただ、姿が見えないから水槽にはいないとは言えないところが、建物などとは違う。岩陰に隠れている場合があるので、尋ねられた場合、どこかに隠れているようですと返事をしたものの、後で調べると別の世界へ旅立っていたりする。

オーナーが短期間で入れ替わる店があるかと思えば、開店は明治という老舗があるのと同じように、住人(魚)が頻繁に出入りする水槽がある。2Fの沖合円形水槽は、そんな水槽の一つであり、群れで泳ぐネンブツダイや、クラゲ、イカなどどちらかと言えば寿命が短い種類が多いためか、回転が早い水槽である。一方、開館以来魚種が代わらないトラフグや、カブトガニが展示されている老舗の水槽もある。

数年前までは頻繁に見かけたが、しばらくご無沙汰していた魚、「去るもの日々に疎し」だったが、再度展示されると新鮮な感じがするから不思議なものだ。それも、当時解説の話題に必ず取り入れていた魚ならなおさらで、「やー お久しぶり!」となるのだが、相手はよそよそしい。
昨年も、サンゴ水槽にタカサゴ、クマザサハナムロや、ヒフキアイゴなどが、よく似た新人マジリアイゴなど数種とともに何年かぶりかに戻ってきた。ところが、同窓会などで旧友に再会した時のように、姿かたちはよく覚えているのに、その名前がどうしても口の中で渋滞する。「お前は誰だ?」「いや失礼」あなたはどなた様で?と当人に聞きたくなる。
このような時、すぐに近くの飼育員や同僚に尋ねるとか、図鑑で調べるなど情報をリフレッシュしておかなかったため、来館者の質問に応じられない失策を何度もなんどもこりずに経験してきた。解説では、魚名は最低限の必須アイテムであると承知しているはずなのにである。

今回は、この怠慢癖を返上し、出戻り組、新人、取り混ぜ5種ほどをなんとか頭に叩き込んで「観」たつもりだが、いつまで記憶がたもてるか自信がない。ただ名前を記憶することだけにこだわっていては、忘却するのは時間の問題である。何かエピソードなどと関連があれば、この時間を先延ばしにできるかもしれない。ガウラも、自宅の庭で咲かなかったら病院の花壇で咲き乱れていても気が付かなかっただろう。

特定の日時や場所と関連した個人的経験に関する記憶を「エピソード記憶」と呼ぶのだそうだ。昨年から解説ボランティアでは、毎月、魚名やその特徴などをフィールドで話し合う情報交換の会「樂会」が定期的に開かれている。魚の模様でも、個々人の印象が語られるとそれがエピソードになり、その魚のニックネームになり、結果的には標準和名と結びついて記憶に残るという例があった。

それで、思い出したことがある。

小学生のころ、4~5人のグループ毎で手分けをし、市内全域の電車通りに面した建物の種類を、徒歩で1軒1軒調べてまわる授業があった。弁当持参で1日がかりだったが、途中で、映画館やデパートに寄り道したり、シュークリームを店先に並べている古い和風民家の和菓子屋を発見したり、半ば遠足気分だったに違ない。

どのような教育目的だったのかは分からないが、自分が住んでいる街を知る上ではユニークな授業で今でも記憶に残っているが、まさにエピソード記憶で、関心を持って現場を体験すれば、記憶が鮮明になるようだ。現代っ子なら、教室にいながらにしてストリートビューで調べてしまうかもしれない。効率的ではあるが、やはりフィールドで実際に体験するのと、モニター画面で見るのとでは脳の海馬への刺激がまるで違うのではないだろうか。

解説ボランティア:唐櫃 山人

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