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Vol.185 ヒッポカンパス

 

 以前、2階のシーラカンス前の水槽にオウムガイが展示されていた。特徴が豊富なので解説する側にとっては大変ありがたい存在だった。その英名:ノーチラスは、小説「海底2万哩」の架空の潜水艦や米国原子力潜水艦に命名されていることはよく知られている。どちらも空洞部内の液体や海水を出し入れすることで、浮上したり潜水したりするというシステムがよく似ている。

 

 関門海峡潮流水槽のスギの英名:コビアも、第二次世界大戦の米潜水艦の艦名になっている。こちらは精悍な外観からだろうと思われるが、2m近くに成長したスギが泳ぐ様は、正に潜水艦を彷彿とさせ、来館者から、「あの魚は?」とその名前をよく聞かれる。

 水生生物の名前が、形が似ていることで人の体に関連したことに使われることもある。カニ(cancer)は乳がんの形状が似ているため、ガンはcancerとなったらしい。「カニ」以外にも魚など水生生物の名前が他のものに命名される例がある。脳の中に記憶を司っている「海馬」と呼ばれる部分、認知症の話題などによくでてくる。今年の干支魚の一つタツノオトシゴ(学名:ヒッポカンパス)も英名では海馬(sea horse)である。最初、どうしてタツノオトシゴが脳の中に?と思ったが、魚類にしてはあの奇妙な形が脳内のこの臓器に似ているらしい。タツノオトシゴは漢方薬にも使われている。効能は滋養強壮、鎮痛、精力増強等と書かれているが、記憶力に効果があるとはあまり聞かない。

 

 記憶と言えば、最近、自分のヒッポカンパスが怪しくなってきた。物をどこかに置き忘れるなどは朝飯前で、先日も長らく愛用していたマフラーをどこかに忘れてきてしまった。

 

 年末も押し詰まった昨年、関門海峡潮流水槽前でカナダからの老夫婦(奥さんは日本人)が観覧されていた。来館者も少ない日だったので、案内するというより雑談しながら館内散歩するような形になった。地名は忘れてしまったが、カナダ中央部の地方都市から来られたと言われていた。否、言われていたような気がするが、記憶が曖昧である。3階のフグやマンボウ水槽を過ぎたころ、3時からのバックヤードツアーに申し込んでいるとのことだったので、館内散歩を一時中断しツアーカウンターへ案内、バックヤードにも同道することにした。当日の担当は飼育員の落合さん、毎日魚と接触している人の生の声は当日の魚の状況を知るよい機会で、図鑑にある情報とはまた一味違いOJTになる。

 

 調餌室や展示水槽を背面から楽しんでいただいたツアーも40分ほどで終わり、2階の散歩を再開した。それまであまり話されなかったご主人が、オオグソクムシがいる水槽で、これはどこかで見たような気がすると言われる。すぐに、それは「あれ」のことだ!とわかったのだが、その「あれ」の名前が出てこない。脳のスクリーンには、はっきりとその影が映し出されているのにである。ヒッポカンパスは働いていたが十分ではなかったらしい。Sushi(寿司)に関係するでしょうと言ってみた。当然、Yesと返ってくることを期待していたのだが、意外やNo,  それでは「あれ」ではないのか?とヒッポカンパスが混乱し始めた。しばらく沈黙が続いた。寿司ネタ以外に思いつかない。オオグソクムシの英名など皆目検討も付かないし、「あれ」の英名も知らなかった。

 

 こんな時は助け舟がでるものである。同道していた別の男性が「シャコだーっ」と自信たっぷりに叫んだのだ。ご主人の顔はと見ると、ニコッとYesの表情が見えた。メデタシめでたし。それにしても 寿司に関係がなかったら、彼はシャコ天か、シャコ丼を食べたのだろうか?聞き漏らしてしまった。

(解説ボランティア 福井 正嘉)

 

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