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Vol.176 おじちゃん、手をつなごう

 3月、待望のゴマフアザラシが数日前に出産し、2階の水槽前には多くの来館者や報道陣が詰めかけていた日のこと。3階の関門海峡水槽前に、小さな男の子が1人ウロウロふらふら、何かを探しているという様子でもない。誰か大人と一緒かと思ったがどうも一人らしい。来館者の多くの方がゴマフアザラシの方に行かれているためか、周りには人の気配がなく閑散としている。最近、スーパーなどで子供が誘拐される報道が目立つが、一瞬そのことが脳裏をよぎった。

 

 「誰かと一緒?」と訊くと「お父さんが1階で待ってる」と。「一人で大丈夫?」と訊ねると、「何回も来ているからだいじょーぶー」と自信ありげだ。「何処から来たの?」と更に訊くと、「お船に乗ってきた」「ああ、門司から来たの?」船なら門司から5分ほどの距離である。しかし返事は「・・・?」どうも門司ではないらしい。それとも「門司」がわからなかったのだろうか?更に「ボクはいくつ?」と尋ねると 黙って左手でパーを出し、右手は人差し指を1本出した。「六つ?」男の子はかすかにクビを縦に振ったように見えた。あまり話したくないのかなと思ったが、今度は彼の方からの質問である。「背中がでこぼこしてるの何?」「あれはシノノメサカタザメ。名前はサメだけど本当は・・」と言いかけると「黒くてひらひらしてるのは?」「あれはカラスエイ、お腹も黒い・・」。一つの回答が終わるか終わらないうちに次から次と質問が続くのは子供の常である。

 

 と、突然「おじちゃん手をつなごう」と。昔、幸せなら手をつなごうとか言う歌があったように思う。この子は、今幸せな気持ちになっているのだろうか??以前にも若いお母さんから手をつないでと請われたことがあった。戸惑っていると、実は、お母さんにではなく、その3~4才と思われる娘さんにである。「この子は握手が趣味なんです」といわれていた。色んな趣味があるものだ。この男の子も趣味なのだろうか。「おじちゃんの手は今冷たいよ」と言う間もなく男の子は右手をしっかり握ってきた。「冷たいの気持ちがいい」という。「おじちゃんもボクの手が温かいので気持ちがいいよ」と返したのだが、こんな小さな子供が、まさかお世辞でこんなことを言うのだろうか。今会ったばかりの子供の手を通して何かが伝わってくるような気がした。

 

 トラフグ水槽を通りしばらくすると手を離して突然走り出した。目的地はマンボウ水槽。「僕が言ってたのはこのお魚」と。「何でわからなかったの?」と言わんばかりである。そう言えば先ほど「お尻ボコボコのお魚」はどこにいるのと聞かれていた。そんな魚いないなあ、とあまり深く考えていなかったのだが、男の子はどうもずーっと考えていたらしい。言われてみれば確かにお尻はボコボコしている。こどもの表現は、最初は理解しがたいところもあるが結果がわかれば、ナルホド、そう言うことだったのかとなる。質問には大人であれ子供であれ真剣に聞かなければならないと反省。

 

 この「お尻ボコボコ魚」も4月19日に棲む世界を変えた。飼育期間1,523日、体重208.5kg、全長160.2cm 性別オスであった。お気に入りがいない水族館に彼がこの次来た時は何と話そうか。2階に戻ると、ちょうど飼育員によるゴマフアザラシの解説が始まっていた。人だかりが多くて子供には見えない。すると背中を私の方へすり寄せてきた。抱き上げての合図だ。「見えた?」重い、ぎっくり腰が再発しそうだ。やっと「見えた」と聞いたとたんドスンと降ろしてしまった。男の子は満足そうな顔をしていたのでたぶん大丈夫だったのだろう。気がつくと、もう近くのカブトガニの水槽の方に走り出していた。お父さんが待っているという1階はもう近い。

 

 この日の帰路だった。車中で東日本大震災のニュースを聞いた。日本中が手をつながないと克服できないほどの災害である。

 

(解説ボランティア 福井正嘉)

 

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