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Vol.173 マグロいる?
水中からダイバーが解説するイベント「関門ダイブ」が終わり、その余韻がまだ残っている時のことであった。ほとんどの方は順路に従って次の水槽へと移動されたが、3~4人の方が魚に指をさしながら何やら話しておられる。よくあるシーンだが、こんな時は何か尋ねられることがよくあるものだ。近づいてみると、男児のお孫さんと一緒のおじいさんから早速の質問。
Q「ホウボウ(魴鮄)はどこにはいますか?」
A「この水槽でなく、水中トンネルがある瀬戸内海水槽の砂の上付近にいたと思いますが。」
と言って、念のため少し離れているその水槽に確認に行った。ところがいつものところには見あたらない。
A「ホウボウは、どうもホウボウ(方々)歩き回っているようですね。」
胸ビレを扇のように開いてよく目立つ魚なのに、どこか物陰に入り込んでいるらしい。しばらくすると今度は、
Q「レンコダイ(キダイ)はいますか?」
A「鯛の仲間はマダイ、チダイ、ヘダイ、クロダイなどを展示しています。レンコダイは最近まで別の水槽で展示していましたが、今はいませんね。鮮魚店でもよく見かける魚ですが・・・・」
レンコダイを見たいと言われるのに、代役を並べるのは大変心苦しい。と思っている間もなく今度は、
Q「それでは、シイラ(鱪)はいますか?」
シイラを見て「マンサクがいるよ」と聞こえたら山陰地方からの来館者であることが多いが、この方はその方面からではないらしい。体側が緑–金色で精悍なスタイルのためか人気があって、しばしば話題になり、解説者にとっては大変ありがたい魚であるのだが・・。
A「昨年まで、隣の日本海水槽に額が張り出したオスのシイラが展示されていましたが、今は・・」
戦々恐々と言えばちょっとオーバーだが、次はどんな魚の名前が飛び出すか、不安と期待の入り混じった気持ちでいると、またしばらくして、
Q「ハタハタ(鰰)はいますか?」
年末には近くのスーパーで青森県産のハタハタが売られていた。以前、男鹿半島の先端にある水族館で初めて対面した。この魚を展示する水槽は水温が低いのでガラスが曇って見にくかったが、ウロコがなく胸ビレが大きい魚で、秋田の県魚でもある。海響館で展示されたときは10数年ぶりの再会であった。まさかこの南の水族館で再会できるとは思いもしなかったので感動したものだ。しかし、このハタハタの質問にもハタと困ってしまった。答えは又もシロハタ(白旗)だ。
A「5年ほど前、2階の冷たい海の水槽で展示していたのですが・・・・その後はまだ展示されていません。」
「ハタハタと言えば秋田ですが、男鹿水族館ではいつも展示しているのではないでしょうか。」
Q「秋田のハタハタは下関のフグみたいなものでしょう?」
A「そうですね。どちらも地元を代表する魚ですから。ハタハタもフグも砂に潜るところは 似ています。当館ではフグは常時100種ほど展示していますが・・・。」
ハタハタを見たいと言われるのに、話しの流れとはいえ、また代役:フグを提供することになってしまった。
過去には展示していたが、今は見られない魚を、これだけたて続けて聞かれたのは初めてである。こんな時、欧米人なら「I’m afraid」か? 中国人なら「感到遺憾」と言うらしい。さて日本人はどうだろうか。政治家なら、何かミステイクをしたわけではないので「甚だ遺憾に思う」というかもしれない。「すみません」はちょっと適当でない感じもするが、一般市民感覚では、(ご期待に沿えなくて)「申し訳ありません」いうことになりそうである。
尋ねる方は投手の気持ちではないだろうか。しかも、相当熟練の投手だ。バッターも緊張する。もう一球空振りなら5度目となる。
Q「おじちゃん、マグロいる?」
最後の投球で留めを刺したのは、継投したお孫さんだ。これは凄い球だ。バッターの直前でストンと落ちるフォークボールか?渥美清のとらさんではないが「それを言っちゃおしめーよ」と言いたい気持ちをじっとガマンして
A「マグロは好き? 残念だけどまだ一回も展示したことはないんです。」
鮮魚店には、クロマグロの中トロの小さな一切れに1,000~2,000円の値札がぶら下がっているが、子供は高価で美味しい魚をよく知っている。この祖父にして、この孫ありだ。高速で泳ぐクロマグロの展示を見たのは、一昔前ドーナツ型大水槽がある東京の葛西臨海水族園しか記憶にない。最近は2~3の大型水族館でも展示しているらしい。水族館で展示するのが難しい魚は、サンマやある種の深海魚などいろいろいるらしいが、マグロもその一つではないだろうか。しかし、マグロごときで驚いていては、解説者は務まらない。以前、小学生から「ジェットコースターないの?」と聞かれた時よりは今回は軽傷である。
ところで、世界にはマグロが、高級なものから太平洋クロマグロ、大西洋クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガの6種がいるそうである。実は、2階のサンゴ礁水槽にこの6種のどれにも属さない「~マグロ」という魚が展示されている。魚名板にも書かれているので、小学生から「おじちゃん、あれマグロ?」と何度も聞かれる話題のお魚である。初めて聞かれたときは「えっ!□△? そんな魚いた?」と驚いた。魚名板をよくみると「ツマグロ」とある。小学生は変なマグロと思ったのかもしれない。「ツというマグロではなくて、ツマグロというサメだよ。端黒(ツマグロ)でヒレの先が黒くて、大きくなったら1.5m以上にもなるサメの仲間。もし興味があればマグロの代わりによく見ていってください。」料理屋で断りなくマグロの代わりにサメを出したら大変なことになる。我ながら変なことを言ったものだ。
閑話休題。水槽の形や名前は変わらなくても、自然界と同様、中の魚は種類も数も日々変化している。だから面白いという見方もできる。ベテランの飼育員が日夜見守っていても、命あるもの、今日は元気に泳いでいても明日の保証はない世界である。この水族館のメインコンセプト「海のいのち 海といのち、」はこのようなことも暗示しているのだろうか。とは言え、来館者の関心が何処にあるのかその一端を示されたような体験であったが、件のおじいさんとお孫さんはどんな印象を持って帰られただろうか。ちょっと気になる初秋のある午後のひとときであった。
(後日、魚類展示課の徳田さんに調べていただいたところ、ホウボウは散歩していたのでなく、少し前にあちらの世界へ行っていた。)
(解説ボランティア 福井正嘉)