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Vol.172 シモヤケ
子供の頃、冬になるとシモヤケを患っている子供をよく見かけた。当時、住んでいたところは盆地特有の底冷えで、今よりずっと寒かったような気がする。テレビやビデオゲームなどなかった時代だから、冬でも屋外での遊びが多かった為だろうか。家屋の気密性や暖房設備が最近のように十分整っていなかった時代である。
兼好は、例の徒然草の中で「家のつくりやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難きことなり。」と言っているように、家は、湿気が多い梅雨や夏季を考慮して建てることを推奨している。冬はどうにかなると。もともと日本の夏は蒸し暑く過ごしにくい。今年のように熱中症で多くの方々が亡くなった文字通り殺人的な暑さなどは、その典型的なものだ。
兼好のアドバイスとは逆に、ペンギン類の体は、概ね冬向きに出来ているように思える。今年はこの灼熱の中、特に屋外展示のフンボルトペンギンにとってはさぞ大変だっただろう。兼好の思いとは逆に、「種の起源」の著者ダーウインならこういうのではないだろうか。
「ペンギンの体のつくりやうは、冬をむねとす。暑き所はガラパゴス諸島のみなり。寒き比わろき身体では、堪へ難きことなり。」ガラパゴスペンギンのみが赤道直下にすんでいるが、他の種は温帯か亜南極、南極をその生活圏としている。こう書けば、フンボルトペンギンも温帯とはいえ、サボテンが生えている暑いところにもすんでいると異論が出てくるかもしれない。そういうところでも海水温度は低いからやはり寒さ対策が必要だろう。南米西海岸の高緯度から、低緯度のガラパゴス付近まで寒流であるフンボルト海流が流れている。
汗が出ないペンギンは、暑さに対しては羽毛が無い足やフリッパー(翼)を広げて放熱するか、パンティング(口を開けてハァーハァー)するしかない。いわゆる、暑さ対策はこの程度である。勿論、海に飛び込むという奥の手もある。
一方、極寒の南極大陸を生息圏としているエンペラーペンギンの防寒対策は相当なもので、羽毛は1平方センチメートルに12本も生えていて保温機能の8割以上をこの羽毛で賄っているらしい。それでも、この防寒対策でブリザードが吹き荒れ、マイナス60度にも達する真冬の闇の中で絶食状態に置かれても耐えられることなどとても想像できない。
南極大陸のエンペラーペンギンやアデリーペンギンのように、氷の上のペンギンはシモヤケにならないのだろうか? 常に氷や雪と接している足は凍らないのだろうか?などよくある質問である。これはペンギンだけでなく、ホッキョクグマにも当てはまる疑問であるが、こちらはあまりペンギンのように話題にならないようである。
ある実験によれば、低温下におかれたキングペンギンの胴体中心部の温度が39℃だった時、脚とフリッパーは6~9℃まで下がっていたそうである(「ペンギンの世界」 岩波新書 上田一生 著)。冬、ペンギンの足は凍る一歩手前の1℃か2℃に保たれるが、これは熱の損失を最小限に抑えて凍傷を防ぐ効果があるそうである(「ペンギンの足はなぜ凍らないの?」 PHP研究所 ミックオヘア 編)。凍傷は、組織の低酸素で起こるので、冷たいが酸素の豊富な血液が、足先を流れていれば0℃近く冷えても凍傷にはならないらしい。
南極海域には、ノトセニアの仲間のように0~マイナス2℃でも凍らずに生活している魚もいるそうだから、プラスの温度なら驚くことはないが、子供の頃体験したあの「シモヤケ」の気温の感覚とはずいぶん異なり、0℃近くでも「シモヤケ」にならない仕掛けは素人にはちょっと難解である。
亜南極帯のキングペンギンが、氷上でカカト立ちしている写真を見たことがある。ペンギンもやっぱり足が冷たいのだろうと思っていた。ところが、海響館のキングペンギンは、気温13℃(水温10℃)の環境下で、氷も無いのに岩上でカカト立ちすることがある。数千万年続くペンギン類のDNAがそうさせるのだろうか。
(解説ボランティア 福井 正嘉)