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Vol.171 イタイタイタ
海響館にはオニダルマオコゼが展示されているが、岩と紛らわしいので、居ることがわかっていても何処にいるのかわからないことがある。擬態する魚の中には、あれで化けたつもり?といったものもいる。しかし、このオコゼの変装術に関しては「虎魚(オコゼ)流免許皆伝」で、砂に潜って背中だけ露出している姿を岩と識別するのは、専門家でも難しいのではないだろうか。今年の夏、沖縄でダイビングインストラクターがオニダルマオコゼに刺され死亡したニュースを聞き忌まわしいことを思い出した。
10数年ほど前になるだろうか、晩秋の頃、関門海峡に釣り糸を垂れていた。浅い棚で突然の引き アイゴらしい。群れている。そのうち入れ食い状態に、手返しをすばやくしないとタイミングはすぐに過ぎる。アイゴに毒針があることは先刻承知だ。次々釣れるアイゴを足で抑えてハサミで毒のある背ビレを慎重にカット、カット、又カット。十数尾ほど切っただろうか、とその時、ハサミを持つ右手の中指付け根付近に激痛。
「やられたぁー!」
急いでいたので油断があった。今までに経験したことがない表現のしようがない痛さである。近くの釣り人が集まってきた。「痛いぞー、今夜はねむれんぞー」他人事だから皆んな好きなことを言う。この痛さが徹夜で続く? そんな情報をこの場面で本人に伝えるとは、傷に塩を塗るようなものだ。釣り人の風上にも置けない輩だ、と言っても始まらない。確かに痛さは激痛の2乗だ。いや3乗。いやもう何乗でもよい。この痛さは本人しかわからない。30分ばかりは指がち切れるのではと思うほどだった。
海響館では毎年、夏休みの終り頃、子供の宿題を助けるイベントが行われている。今年は、「夏休みお助け先生・いろいろな魚の食べ物」でアイゴに海藻とレタスを与えてどちらを好むかの実験する展示があった。実験のあとアイゴのヒレには毒があり、刺された体験を話すと、すかさず小学生高学年らしい子供が、
「指をちぎればよかったのに」
とのたまう。このガキボウズ何と言うことを!いや、言葉が適切でなかった。このお子様は何ということを!冗談とは言え多少過ぎてはいませんかと思ったが、自分もこの年頃には同じようなことを言っていたかもしれないと、冷静に「君も刺されてみるか」と水槽のアイゴを指差した。子供は、何処に毒があるの、食べられるの、美味しいの、等々矢継ぎ早に質問し話をそらす戦法できた。どうも肉に毒があると思っていたらしい。
30分ほど指の根元を押さえるが、あまり効果はない。激しい痛みが続いたのは結局1時間ほど。その間もアイゴは入れ食い状態が続いている。せっかくのチャンス、このまま竿を納めるわけにはいかないと気持ちは焦るが結局納めた。
アイゴは地元では「バリ」と呼ばれている。「イタイタ」とそのものずばりの地方名もあるらしいが、あの強烈な痛さは「イタイタイタ」でも足りないほどである。アイゴの仲間は、顔つきがウサギに似ているところから、英名がラビット・フィッシュ、来年の干支関連魚である。美しいバラには棘があるが、やさしい顔のバリにも棘がある。それも毒棘だ。アイゴは関門潮流水槽に展示されている。自然界では海藻の多い岩礁にすみ、海藻を主食とするので枯れてしまう磯焼けの主犯ではないかと疑われている魚である。憎っくき敵、いや、又言葉が良くなかった。可愛くないが、人間様(と言っても彼らの方が何億年も先輩なのだが)に立ち向かうとは魚類ながらあっぱれなアイゴを夕餉(ゆうげ)の肴にした後、その夜は早々とゴー・トゥー・ベッド。「痛いぞー、今夜はねむれんぞー」を思い出しながら。
(解説ボランティア 福井正嘉)