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Vol.170 毒魚ソウシハギとノーベル賞
今年もノーベル賞が発表され、日本人がまた受賞した。2年前、下村博士がオワンクラゲの発光のしくみを解明する中で、緑色蛍光たんぱく質を分離しその構造を解明したことが認められノーベル賞を受賞された。当時、海響館では、そのオワンクラゲが展示されたり、イベントホールでは試験管を使ってクラゲの発光実験が行われたりした。魚類展示課の白衣姿の西山さん、山ノ内さんが実験を担当、暗闇にその「光」を見た来館者から驚きの歓声があがったのは、つい先日のことのように思える。我々解説ボランティアも、来館者にオワンクラゲ水槽前で解説することになるので、イクオリンやGFPなどの言葉をドロナワで覚えたが、今ではそのほとんどは忘却の彼方である。
さて、今回も水族館とか水生生物に何か関連するもがあるのだろうかと新聞を眺めていた。今年のノーベル化学賞は医薬や農薬、液晶など幅広い分野で実用化されているらしいが、水生生物とはあまり接点がなさそうに思えた。しかし、そんな記事の中に、猛毒パリトキシン全合成に今回受賞されたクロスカップリングの基礎技術が使われていると報じていたのが目に留まった。
カワハギ科の魚で「ソウシハギ」と言うのがいる。青い波模様と黒い斑点が全身にあり、大きな尾ビレが特徴でウマヅラハギに似ているが、内臓に猛毒を持っていることは、我々解説ボランティア間でもよく知られている。解説時には、「毒力はフグの70倍と報道されていて、フグ毒より強い毒です」と説明してきた。この猛毒が「パリトキシン」である。この魚、漢字では「草子剥」と書くらしいが、「早死剥」というのもあるとか。毒を持っているので食べると早死にしますよと警告しているようである。
ソウシハギも驚いたのではないだろうか。最近どうも人間世界が騒々しい。海響館でもオープン当初から展示されているが、もともと熱帯の魚で、最近は瀬戸内海にも出没してきたら、昨年1月「毒魚・注意 ギョギョ!?瀬戸内海に出没」と新聞でも騒がれた。その上、自分が持っている猛毒が、人間により合成ができ、そのために使われた技術がノーベル賞を受賞したというのである。猛毒、フグの70倍と言われても素人にはその程度がわかりにくい。毒の強さは、「フグはフグ毒をつくらない」(野口玉雄、成山堂書店)によると、体重1kgあたりの仮想のマウスに、毒を何mg投与した時、その半数が死亡すると推定される毒量で表すらしい。それによると、フグ毒テトロドトキシンの場合は、0.01mg/kg、パリトキシンの場合は0.00025mg/kg。パリトキシンは、フグ毒の1/40の量である。 この数字からみてもフグ毒の比ではなさそうである。
最近、小さなソウシハギが新たに2尾展示水槽に入った。手元の図鑑には、大型種なので成長も早く2年で1m近くになるとある。以前いたのはそんなに大きくはならなかったが、この2尾は元気そうなので成長が楽しみだ。オワンクラゲは近海に現れるのが春から夏で、寿命も短いので期間限定の展示であるが、ソウシハギの方は今のところ年間を通して展示されている。これからは、しばらくの間「毒魚ソウシハギとノーベル賞」も解説の話題の一つになりそうである。
(解説ボランティア 福井正嘉)