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Vol.208 解 毒 剤

 

 開館から5年目の平成17年に始まった「キッズフェスタ」も年を重ねて10回目となった。月並みだが、 10年一昔である。その間、22年にはペンギン村も加わりボランティアの活動内容・範囲もずいぶん広がっ た。初めの頃は、7月の海の日のイベントだったが、ここ3年は3月下旬の桜の季節に開催されている。 いろいろ予測不能で想定外の難問・珍問を浴びせかけてくれた小学生たちは、もう高校生や大学生。中に は社会で活躍している青年もいるだろう。水族館で活躍しているかもしれない。  

 フェスタ準備会では、毎回、ボランティアで展示品10余点を企画し展示してきたが、今年は、そんな 展示の一つとして、視覚だけでなく、触覚からも何かを感じとれるよう水槽を大小8個ほど並べた。 どこの水族館にもある、いわゆるタッチング水槽タッチタンクではないか、と言えばそれまでだが、 自然から遠ざかっている現代人、子どもに何かを教えるためでなく、一緒に楽しむには水族館展示の原点のようなものではないだろうか。

 記憶があやふやだが、今年の1月ごろ、NHK海外ネットワーク番組のエンディングで、ケープタウ ンの水族館での大西洋とインド洋の海の生き物の展示と、それを見つめる子供たちの姿を紹介していた。 男の子がワカメのような海藻をタッチタンクから取り上げ、両手で広げ、楽しげに、しかし、「なんだ~、 これは?」と不思議そうに眺めている。 この子供にとっては未知なるものに触れたときのように、こんな物が世の中にあったのか、と思ったのだ ろう。初めての体験だったに違いない。

 アメリカの女性海洋生物学者レイチェル・カーソンも著書:センス・オブ・ワンダー(不思議さに目を見 張る感性)で、どの子供も生まれつきそなわっているこの「感性」をいつまでも新鮮に持ち続ければ、やが て大人になって自然から遠ざかることや、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する解毒剤に なるだろうと述べている。なるほど、最近、感動する機会が少なくなったが、どうもこの解毒剤がなくなっ てきたらしい。否、最初から持ち合わせていなかったかも知れない。 半世紀前の著書だから、現代っ子が囲まれているパソコンやゲーム機、スマートフォーンなどの人工物はま だない時代である。
本物に触れることで、理屈抜きに体で感じることができる展示と解説を目指すのだ、と大上段に展示企画 書に織り込んでみたものの、さて、その思惑通りになったかどうか。

 展示する生き物の種類は、ネコザメ、イトマキヒトデ、マナマコ、カイカムリ(カニの仲間)、ヤドカリ  マダコ、アオウミガメ、それに、フェスタの一週間ほど前に海岸でボランティアが研修を兼ね採集する磯 の魚介類(小魚、ワカメ、ヒジキ、ウニ、巻貝)など、魚類、棘皮動物、甲殻類、頭足類、爬虫類、海藻、 貝類などなどバラエティーに富んだものになった。
また、生きてはいないが、珍しいエタノール液浸標本:マンボウ、シビレエイ、ウチワフグ、ネズミフグ なども追加された。これらの標本は、淡水の水槽に入れて展示される。 更に、今年2月、北浦方面で捕獲され冷凍されていた話題の深海魚:サケガシラ(約1.4m)も時間限定で タッチングの仲間に入ることになった。

NHKの映像が心のどこかに残っていた。季節はちょうどワカメのシーズンである。海岸で採集した大量、 の生きているワカメを他の生き物と一緒に水槽に入れた。 ヒジキも、採集していたが、狭い水槽では魚類などに影響があるらしいのでワカメだけとなった。

 気持ちいい、かたい、柔らかい、冷たい、ざらざら、無言など、イトマキヒトデにタッチした子供達に尋ねたときの反応で、同じものに触れたとは思えない感想である。 海響館のコンセプトは「海のいのち 海といのち」。生きているいのちの感触を知ることはその第一歩で、 金子みすずの詩のように、「みんな違って、みんないい。」のである。

 触るだけでなく、いろいろ実験も併せて展示した。ワカメの変身、ヒトデの脱出などの実験は、来館者 は勿論、実験する側も理屈抜きで一緒に楽しめる。
ワカメが、熱でミドリ色に変色することはよく知られているが、ほとんどの家庭の奥様方は実体験の持ち 主である。今回は、褐色の生ワカメがミドリ色に変色する「瞬間」を体験しようという展示である。 ビーカーに熱湯を入れる。ここで子供たちに何色になるかと尋ねる。予想はしていたが「ミドリ」とい う回答が多い。「知識」が豊富だ。後ろで見ていたお父さんが、こちらの気持ちを察してか「赤」と言って くれる。お父さんは協力的だ。お母さんは言うまでもなく「ミドリ」派で子供の味方が多い。

 いよいよ、国民的人気漫画「サザエさん」のワカメちゃんのように個性的で、栄養価も高く、海の野菜とも呼ばれる生ワカメの「ご入湯」である。茎の長いワカメをビーカーの真上まで持っていく。
みんなの目、目、目が、ゆっくり降下するワカメの先端に集中する。先端がビーカーの縁まで来たとき、 一気にドボーンと根元まで浸ける。「その瞬間、ワカメは瞬時にミドリにサーっと変身する」はずで あった。
ところが変化がない?と思っていると、じわーと反応が進み、ゆっくりではあるがようやく「ミドリ」ら しくなってきた。クリックしてもしばらく砂時計が出てイライラする、応答が遅いパソコンと似ている。 何だか間が抜けたような演出になってしまった。

 実は、最初から意図していたわけではないが、小さなビーカーに大きなワカメを入れたためか、お湯が 冷めてしまったのである。その上、前口上も長すぎた。事前に確認していなかったのが最大の原因である。 今度は、沸騰した熱湯を多めに入れ、ワカメは小さめで、前口上は短くと、成功のキーワードを頭に入れ て、実験再開である。勿論、今度はうまくいった。やはり、目の前で瞬時に変色するワカメを見るどの 子供達の顔にも、自分の答えが正解だったと安堵の表情があふれていた。
 料理上手の世の奥様方は、毎度見慣れた光景かもしれないが、いつも料理されたミドリのワカメばかり 見てきた自分にとっては、このような実験環境でワカメの「変色瞬間」を目にするのは初体験である。 この実験を何度も繰り返した。どうして、ミドリ色になるのと、そのわけを尋ねたのは男の子が一人だけだった。
昼食中に他のボランティアから、比較のため生ヒジキも実験してみたらとの提案があったので、午後か ら試してみた。子供もお母さんたちも、全員自信を持って「黒」であったが、結果はワカメと同じく 「ミドリ」。いつも食卓で見るヒジキの色に影響されたのだろう。

 新規の展示であったが、終日途切れることなく子供たちが参加してくれた。ボランティアは子供達のタッチング対応に追われたが、それ以外にも、エントランスでのフェスタ案内チラシの配布、濡れた床のモップによる拭き取り、バケツによる水槽の海水交換、等々、何れもボランタリーにこれらの活動にも精を出した。準備会で心配していた生き物が、弱ったり、傷がついたり死亡するようなトラブルもなく終了したが、さて、子供達にはもちろん、父さん、お母さんにも解毒剤の補充にでもなっただろうか。

 

解説ボランティア:唐櫃 山人

 

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