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Vol.204 

 

 2012年度より、新人ボランティア研修を数人の現役ボランティアも協力することになった。よく知られているあのリンカーン演説調なら「ボランティアの、ボランティアによる、ボランティアのための研修」ということになるのだろうか。
 教えることの何倍もの知識がバックボーンとしてあってこそ的確なことを教えられるわけだが、そんな知識はもとから持ち合わせていない。しかし、教えることは学ぶことと理解して、さび付いた知識をリフレッシュするつもりで参加した。 
 2012年は、合計12回、各2時間で、講師役にとっては、来館者に解説する練習の場にもなった。研修内容は、主にパワーポイントによる座学と水槽前での実践訓練を並行して行い、卒業制作ではペーパークラフトでシーラカンスやカブトガニを作ってもらった。これは体験上、解説には非常に役に立つはずで、作ってみて初めてヒレの枚数が5枚のフグの仲間から10枚のシーラカンスまで、背ビレ、胸ビレ、腹ビレの位置関係や、雌雄の特徴などがより詳しく理解できる。今年は2回目となる。 

 新人といっても、すでに人生経験が豊富な人たちであるから、いろいろな話題が飛び出すから面白い。瀬戸内海水槽には、1万匹以上のイワシ(マイワシやカタクチイワシ)の大群が、今日も飽きもせず、くるくると旋回をくりかえしている。先日も、紫式部がイワシ好きだったことから、夫に賤しいものを食べると叱責された彼女が、歌で切り返したという逸話が話題になった。さて、そこで、その歌を問われた。俳画をたしなむ方もおられるから当然の成り行きだが、上の句は勿論 下の句もうろ覚えであいまいな返事しかできなかった。

 質問が出たことで、もう一度思い出す機会が与えられたわけである。「日の本に、はやらせ給う石清水、参らぬ人はあらじとぞ思う」というのがその返歌で、「日本では、石清水八幡宮に参詣しない人がいないように、イワシを食べない人はいないと思いますよ」と優しくいったかどうかはわからないが、はっきり意思表示している。イワシと石清水(イワシミズ)八幡宮をかけたところが面白いのだが、夫がこの返歌を聞いてどのように応じたのだろうか。鯉が最上級とされていた時代、夫は式部より相当年上であったらしいから、貴族社会での世間体を気にして、ダメなものはダメといったのか、それとも、才媛の式部に軍配が上がり、その後は見て見ぬふりをしていたのか。多分,後者ではないかと想像するのだが・・・。というのも、これだけスマートに返されたら柔道の背負投げで一本取られたのと同じで、勝負は明らかである。イワシは弱し、されど女性は、否、妻は強しだ。

 石清水八幡宮は、時代が300年ほど下った徒然草に登場する「仁和寺にある法師」の話でもよく知られているが、その頃でも、多くの参拝者がいたことがわかる。ちなみに、この八幡宮の境内にあった真竹が、エジソンの白熱電球のフィラメントに使われたことは有名だが、先日電話してみたら今もその子孫が健在だそうである。

 ところで、当時の魚の料理法はどのようなものだったのだろう。海から遠い平安京では、現代のようにクール宅急便などないから、そうでなくても足の早いイワシの刺身は無理だっただろう。塩漬け、酢漬け、あるいは粕漬けもあったかも知れないが、多分、干し魚を内緒でそっとあぶったが知られてしまったのではないだろうか。

 平安時代の上流階級の女性はイワシの嗜好者が多かったかどうかは、さておき、食べるなといわれれば食べたくなるのは世の常で、今も昔の変わらないようだ。式部から千年後の現代女性はどうなのだろう。食べ物の数も種類も豊富な現代との比較は少し無理があるが、女性が特にイワシ好きという話はあまり聞かない。しかし、最近は、血液サラサラの効能が話題になっていることから、美容や健康面から食べるといった女性が多いかもしれない。健康面からといえば、納豆は健康食品といわれているが、実は、個人的にも長い間納豆のあの臭いは全くダメだった。それが最近食べられるようになった。においの少ない納豆が開発されてからで、それまでは、食べ物とは考えられなかった。平安の貴族社会では、納豆に限らず、好きな人と、とても食べられない人とわかれる発酵食品の評価はどうだったのだろう。

 ところで、イワシの語源は、「弱し」からといわれているがほんとうに弱い魚なのだろうか。カタクチイワシの寿命は1~2年だが、専門家によると、数が多くなるとなんと寿命が延びるらしい。仲間が多くなると産卵することより、自分の体の方にエネルギーを注ぎ大きくなり寿命が延びるのだそうだ。
 数が少なくなれば、この逆の行動をとり産卵にエネルギーを注ぐことで寿命を短くなるというなかなかの繁殖戦略で種を守っている。少子化対策はイワシの方がスマートに進んでいるようだ。それにしても、自分達の種の増減がどうして彼らにわかるのだろうか。人間なら国勢調査などを経なければわからないのに不思議だ。海響館のコンセプト「海のいのち、海といのち」には、ほんとうに謎が多い。千年も前の逸話を知ってか知らずか、イワシたちは、いのちを守りこれからも戦略的に世代をつないで行くことだろう。

 さて次回の研修は、スナメリ、フグ、サンゴ、カブトガニ・・・等々と続く。

 

解説ボランティア : 唐櫃 山人

 

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