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Vol.201 王子の誕生 キング、それともクイーン?

 

 英国では、1865年(慶応元年)ヴィクトリア女王の時代、フォークランド諸島で積み込まれた12羽のキング(王様)ペンギンの内、1羽だけが生き残り初めてロンドン動物園に持ちこまれている。(注)今から150年ほど昔のことである。

 その英国で7月22日、王室に王子誕生のニュースが世界を駆けめぐった。病院前には何日も前から世界各国からの報道陣が陣取っている様子が放映されていたが、久しぶりの明るいニュースである。それからちょうど1ヶ月後の8月22日夜、ここ海響館でも王子が誕生した。と言ってもこちらはキングペンギンのお話である。キング(王様)ペンギンの子供だから王子様となる。と思うのだが、まだ男児と判明しているわけではないので王女様かもしれない。ところが、なぜかクイーンペンギンという種はいないので、女児であってもやっぱりキングペンギンとなるはずである。海響館で孵化したキングペンギンは今回が初めてだそうで、いずれにしてもおめでたい。Congratulations

 産卵は7月1日、その後抱卵に入っていた。キングペンギンは、エンペラー(皇帝)ペンギンと同じく巣を造らず足の上で抱卵する種だが、期間は53日間で、発表されていた予想より1日早かった。今年の猛暑の影響かと思ったが、水槽内の環境は亜南極なみで、室温13℃、水温10℃に維持されているからあまり関係がなさそうである。

 翌日、当然のことながら数では英国とは比較にならないが、報道陣がアクリルガラスのすぐ近くのペンギンに数台のカメラを並べて待ち構えていた。マスコミの喧噪を避けてかどうかはわからないが、前夜に孵化した幼鳥は、親の足の間に保護され、毛皮で覆われているため見ることができない。それでも直立不動の親ペンギンが、少しでも動くそぶりを見せると、チラリと垣間見えるのではと周りの空気に緊張が走る。まだ見えないうちからカメラの連写音がカシャカシャカシャ。大人も子供も腰をかがめ気味にしてじーっと覗き込む。そして結局、期待は外れる。こんなことが何度か繰り返され、幼鳥が顔をのぞかせるのを今か、いまかと待つことしばし、先日の機雷爆破のときと似ている。しかし、ここからが少し違った。

 待ちくたびれる一般の来館者に向って同僚のベテラン解説ボランティアのUさんが、解説を始めた。サポーター会員として入館していたが、突然制服に着替えてボランティア解説者に変身したのだった。そして、展示水槽内の他のペンギンの状況をいろいろ説明し、気分を一新したのだ。自分の方はといえば、制服は着ていたが、報道関係者と同じ感覚で、カメラを構えてその瞬間を待っていたのである。解説者であることをすっかり忘れて報道関係者と雑談していたので我ながらあきれたものだ。少し離れたところから、飼育員の森本さんが報道カメラに向かってインタビューされている声が聞こえてきた。カメラマンも取材対象を、いつ姿を見せるかわからない「人鳥」から人へと広げ始めたのだろう。決定的瞬間をと一時間ほど粘ってみたが、どちらかと言えば、気が長い方ではない上、人も少し少なくなったので一度この場を離れ、魚類展示のある3階へ移動することにした。夕方のTVニュースでは母親の足の間から顔をだした幼鳥が放映されていた。我慢強いカメラマンだったに違いない。

 今回、ヒナの体重は227gだったそうである。「有精卵、皇帝の跡継ぎ450、王の跡継ぎ300グラム、その他はアバウト100グラム」と記憶していたので少し軽いのかとも思ったが、関係者の話ではこれで普通ということだった。父親はタイガー、母親はシェリー。母親は、強化ワインのシェリー酒と関係があるのだろうか。南半球のペンギンの生息地であるニュージーランドを初め、オーストラリア、チリ、アルゼンチン、南アフリカなど何れも美味しいワインのベルト地帯である。キングペンギンの学名もアルゼンチンのパタゴニア地方から命名されていることから、新生児にはこの地方のワイン産地の名前が良いのではと密かに期待をしている。

 キングペンギンはよくエンペラーペンギンと比較される。同属だからよく似ている。「天は、ペンギンの上にペンギンを造る、王の上に皇帝ありといへり」で、後から発見され「皇帝」になったエンペラーペンギンの方が一回り大きく最大種だ。更に大型種が発見されたら、「皇帝」の上は、まさか「上皇」ではないと思うのだが?化石の世界では、近年ペルーで発見された巨大ペンギンは体長1.5mもあったというから、今後、「皇帝」の地位を脅かすペンギンが現れないとはかぎらない。

 キングは今回、オス、メスが交代で抱卵していたらしいが、「抱卵は、俺に任せとエンペラー」でエンペラーペンギンはオスのみが抱卵する。このペンギン特有らしい。女帝(エンプレス.)は抱卵しない。しないというより出来ないというのが正しいのかもしれない。育児を投げ出すカカア天下ではない。産卵場所が、他の種より極端にエサのある海から遠いのが最大の要因ではないだろうか。産卵後、抱卵をオスに託して100km以上先の海までエサを採りに往復したメスが帰ってきたときには孵化しているということである。ペンギン社会ではイクメンは種の保存に大きく寄与している。

 なくて七クセといわれるが、キングペンギンにもふしぎなクセ?がある。黒い足のつま先を上げ、カカトだけで立つ姿勢を続けることがある。氷の上では足が冷たいからだという説があったが、海響館では氷がないのにこの姿勢をとっているのを何度か見たことがある。「パタゴニアペンギン」と呼ばれたキングペンギン、最初の発見地:南米パタゴニアのパタは足の意味らしいが何か関連があるのだろうか。

 飼育期間が1年以上というのもキングのみで、将来の王様を育てるには大変時間がかかる。孵化後、もうすぐ1ヶ月、成長は順調のようだ。

 ところで、雌雄の判定はいつ頃かと飼育担当の久志本さんに聞いてみた。ペンギンは外観から雌雄の判定は難しいから血液やDNAなどから判定するそうである。キング? それともクイーン? 結果がでるまで命名はお預けとなるのだろうか。

 実は、海響館に、英国王室のウィリアム王子とキャサリン妃に由来する名前のキングペンギンのカップルがいる。「ウィル」と「キャッシー」。それぞれフリッパーに白と紫、白と緑の識別バンドをつけている。将来、このカップルのロイヤルベイビーの愛称は?多くの人が想像できそうである。

解説ボランティア:唐櫃 山人

 

注:上田一生著「ペンギンは歴史にクチバシをはさむ」岩波書店

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