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Vol.197 オジサン・オバサン・オジョウサン

 

 2階のシーラカンスの液浸標本の近くだった。 「オジサン、オジサンは何処にいるの?」 女児の姉妹が突然うしろから話しかけてきた。 危うく「ここにいるよ」と返事しそうになった。最初の「オジサン」は呼びかけで、次の「オジサン」はれっきとしたヒメジ科の魚の標準和名であることを判断するのに一呼吸かかったような気がした。 最近、運動神経だけでなく脳の反応も遅い。この魚、下あごにエサを探すだけでなく味もわかるといわれる便利な長いひげを2本持っていて、それを砂の中にいれてせわしなく動き回る。見ている方も落ち着かない。

 その「オジサン」は、2階のあたたかい海の生き物水槽か、砂浜の生き物水槽にいたはずと思い、先ず砂浜の生き物水槽に連れ立って行ってみた。この水槽は子供にとっては少し目線が高いところにあり、手前の擬岩によじ登って見る子供が多い。姉妹も同じようにした。ところが目の前にいたのは「オジサン」の仲間であるヒメジ科のヒメジであった。姉妹は、テレビで見たのはもっと白っぽい魚だったので、水槽の魚は「オジサン」ではないと「主張」。もっともな話で、目の前のヒメジはどちらかと言えば赤っぽい。子供に、仲間だからこれから想像して、と言うのは無理があったかも知れない。

 ヒメジの語源が、鮮紅色の魚体から「緋女魚」「姫魚」といわれているが、萩や地元では「キンタロウ」と親しみを込めた名称で呼ばれて元々赤っぽい魚である。しかも、その色が変化するから別の種に見えたりする。温暖水槽にも行ってみたが、やはり「オジサン」は見当たらなかった。

 さて、オジサンは何処に隠れたのかと思い巡らしていると、またもや突然、姉妹のお父さんがニコニコ顔で現れた。子守をしていただいてありがとうございましたと言われて、雑談しているうちに「オジサン」探しは中断してしまった。

 実は「オジサン」の身体の色も、生息場所で白から鮮やかな赤色まで変化するらしいから、テレビで見た色白のハンサム「オジサン」に出会えたかどうか。後で調べてみると、ここしばらく「オジサン」は不在であった。以前にも似たようなことがあった。胸ビレを広げた美しいホウボウが見たいといわれる親子連れに、いつも泳いでいた水槽に案内すると既にあちらの世界へ旅立っていた。生き物展示の難しいところだろう。

 「オジサン」のついでに「オバサン」というのはいるのかと調べてみると、それがいたのだ。「ヨシキリザメ」のことを千葉ではこう呼ぶらしい。このサメ、フカヒレやかまぼこの材料にもなるが、人を襲うこともあるらしい。千葉で「オバサン」になった由来はわからないが、知りたいものだ。多分、サメにしてはやさしい「オバサン」に違いない。

 手元の図鑑に英名「オールドワイフ」という魚が載っていた。スズキ目エノプロスス科とある。我がオールドな脳で直訳すると「年老いた妻」とか「古女房」となるのだろうか。語感からは「オバアサン」の印象になって叱られそうだ。オールドには「親しい」という意もあるようなので、「愛妻」としておこう。横縞のハタタテダイか、エンジェルフィッシュを2匹くっつけたような外観の美しい魚だが、捕獲時などに出す歯ぎしりのような音に名前の由来があるらしい。

 外観からは、とても「オールドワイフ」どころか、ヤングな「エンジェルワイフ」である。捕獲時に音を出す魚は、他にもいる。瀬戸内海水槽の卵をオスが口の中で守る魚:ネンブツダイである。所変われば何とやらで、女性の声に聞こえたり、ありがたいお経に聞こえたりする。

人間の印象で名前をつけられる魚も迷惑な話である。

 それでは「オバサン」が若かった頃の「お嬢さん」はいるのだろうか。標準和名では見当たらなかったが、「お嬢さん」らしき名前があった。博多で「あぶってかも」、萩方面では「ヤハギ」といわれる「ススメダイ」は、英名damselfishである。Damselは、「もと身分のある未婚の少女」のような魚ということで「お嬢さん」に近いかもしれない。仲間のルリスズメダイの美しい瑠璃色はこの名前にふさわしい。

 

解説ボランティア:福井 正嘉

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