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Vol.174 フグ界のスーパーモデル

 

 年の瀬も押し迫った休日、3階の淡水フグ水槽付近で1人展示ウインド・ウオッチングをしていた。突然だった。ボランティアのIさんが、何か少し高揚気味だ。せかされ腕を引かれるままについて行くと、そこに現れたのは、ナント「仙人」だ。「ワァー!・・・」とか何とか自分で言ったような気もするのだが思い出せない。 生きている「仙人」と初めて遭遇した瞬間である。  暖かい海のフグ水槽前には既に数人の来館者がおられた。水槽正面のアクリルガラスには、「生きた姿は超貴重、センニンフグ海響館初展示」と大きく書かれているのが先ず目に飛びこんできた。ユニフォームには「解説ボランティア」と大きな字で書かれていることを考えると、ここは何か「解説」しなければならないような場面である。とは言うものの、急なことで準備がない。

 

 3択クイズ:1.ドラエモンフグ、2.センニンフグ、3.ニンジャフグ 本当にいるフグは?数年前から子供さん達に提供している「クイズ・フグ博士」イラストパネルの中の1枚である。クイズを作る時、珍しいフグなので是非紹介したいと思い取り入れたが、その「仙人」が下界に降りてきた。まさか生きたご本人が、今日自分の目の前に現れるとは本当にビックリした。  来館者には、クイズ作成時のころの記憶を何とかたどりながら、外洋性の大型フグで成長すると1m以上にもなるとか、内臓は勿論、筋肉にも毒があり、食品衛生法で食用禁止フグ12種の中の1つであることぐらいを伝えるのが精一杯。

 そこで、外観の印象を話すことにした。話すと言うより、変わっているところを自分で驚きながら半分独り言をいっているようなものである。一見、およそフグらしからぬ容姿をしている。いわゆるずんぐりタイプでなく、ほっそり、すらっとした、優美なと言った形容詞がよく似合うフグ界のスーパーモデルである。楕円のようにも見える体のわりには大きく、憂いを漂わせているような目。体側には、頭から尾ビレ近くまで続く濃淡銀色のツートーン縦縞。この色合いがメタリックな感触を強調し、このフグを強く印象づけている。

 フグだから当然膨れる時もあると思われるが、腹部は、河川を行き交う船の船底のように扁平である。この「仙人」はホンソメワケベラが嫌いなのか、折角、クリーニングしますと近寄ってくると、尾ビレを激しく一振りしてさっと避ける。(後日、気もち良さそうに2~3尾のホンソメワケベラに体をゆだねていたので全くのクリーニング嫌いでもなさそうである。)そんな動作を見ると、体型からフグ独特の泳ぎである背ビレとしりビレで泳ぐのでなく、普通の魚のように尾ビレを使うのかと見ていると、そこはやはり名前の通りフグの泳ぎ方をする。これは、ペンギンが鳥の体型だから空を飛ぶのを期待しているようなものだが、少し残念な気もする。

 

 開館以来、100種以上のフグの仲間が展示されてきた。センニンフグの本物が展示されたことで「クイズ・フグ博士」の答えが見えてしまったが、子供達には写真でしか紹介できなかったものが、これからは本物を見てもらえることになる。最も望まれるところである。ところで、仙人というと、世俗との交わりを断ち、不老不死で、天空を飛ぶことができるなどの神通力の持ち主というイメージがある。磯釣りではあまりお目にかからないこのフグも、世間との交わりは少ないところが仙人に似ているというのがこのフグの名前の由来かも知れない。とはいえ、この「仙人」の神通力(毒力)はどのくらいなのだろうか。ある図鑑によると、肝臓や卵巣は強毒、皮膚や筋肉は弱毒とある。クサフグのように猛毒ではないようだが、毒性は不明と書かれているものもある。

 

 帰宅後、このホットニュースを早速数人の知人に知らせた。展示されたばかりなのに、ナントすでに見たという人がいたので2度びっくりの日であった。  年が明け「仙人」に年始のご挨拶に行った。見当たらないのでもう転居かと思ったら、尾ビレを少し見せて水槽の片隅に入り込んでお出ましにならない。それでも根気よく待っていると姿を現す時があるが、今や主役なのにすぐに舞台の袖に隠れてしまう。よく見ると、尾ビレの下葉の一部がかじられたように欠けている。この水槽には、モヨウフグのようにアクリルガラスにキズをつけるぐらいのツワモノどもがいる。年末から年始にかけて何かバトルがあったのかも知れない。出られないのはそのためか?

 時々、キヘリモンガラが追い出しにかかる。無理やり出されて今度は反対の隅に隠れるが、こちらは居心地が悪いのかすぐに出てきて、又もとの隅へと戻る。結果的に、全身が見えるのは右から左、左から右へ移動する数十秒から1分ほどとなる。「仙人」の神通力(魅力)も尾ビレだけではその力は充分発揮できない。その間、この「仙人」が如何に珍しいかを話しながら、来館者には辛抱強くお待ちいただくことになるが、解説力不足のためか、3分間を超える頃になると去られることが多いのは心残りである。しかし、幸運にも見られた来館者は大変感動して帰られる。

 

(解説ボランティア 福井正嘉)

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