第7回 ゴマフアザラシの‘マル’と僕
ゴマフアザラシのマル
ゴマフアザラシのマル

 マルと初めて出会ったのは1999年6月、今から約3年前のことになります。そのころ僕とマルは旧下関水族館(下関市長府)に居ました。マルはその旧下関水族館の中の一番奥のプールにハツオ君(男の子、ちなみにマルは女の子)と一緒に暮らしていました。当時の僕は水族館で働き始めたばかりでマルとハツオの区別すらなかなかわかりませんでした。しかも今と違って当時の餌の与え方は橋の上から餌をプールに投げ入れる(投餌)という方法だったので、マルを近くで見たこともありませんでした。このころの僕にとってはゴマフアザラシという動物に対して(マルに対して)それほど興味はありませんでした。そのときは3カ月後にまさかあんなことが起こるとは夢にも想像していませんでした。今となって考えてみれば僕とマルのお付き合いは既にそのころから始まっていたのです。


 1999年9月14日いつものように一日の仕事を終えて“さあ、明日も頑張って仕事しよう”と、家に帰りました。

 そして、夜が明けて運命の1999年9月15日その日はやってきました。その日の朝、下関を大型の台風18号が直撃したのです。僕はなんとか水族館にたどり着こうと車を走らせました。しかし、その道中、『いま水族館にきたら危険だから一時家で待機していなさい』と携帯電話に連絡が入り、やむを得ず一旦家に引き返し待機していました。

 1時間ほどして再び連絡が入り“アザラシ2頭が高波にさらわれて行方不明と連絡をもらい、家を出発し水族館に着いたときは既に午後1時を過ぎていました。その時の水族館の現状は言葉では言い表せないほど悲惨な状況でした。

 早速、マルとハツオがいたプールにまで行ってみました。そこは昨日まで僕が見ていたものとは全く違う現場でした。高波を防ぐ防波堤は無惨に倒れ、プール周りのフェンスはぐちゃぐちゃに折れ曲がり、木々はプールの中に倒れ込んでいました。その状況を一目見ただけでいかに状況がすごかったのかすぐに理解することが出来ました。当然、昨日までそこに居たマルとハツオの姿はありませんでした。
アザラシプールの被害
プール全景
プール全景
折れ曲がったフェンスの写真
折れ曲がったフェンス
倒れた防波堤の写真
倒れた防波堤
 

 マルとハツオが高波にさらわれて行方不明になった後、一般市民の方から多くの目撃情報を頂きました。その度に救助しに出かけましたが、なかなか助け出すことはできませんでした。マルは1990年4月14日に宮島水族館で生まれているので、彼女は生まれて今まで海を経験したことのがないのです。食べるものもいつも人からもらっていたので自分で餌を取れるかどうかとても心配でした。

 9月27日の早朝、“アザラシが岸壁に上陸している”と連絡が入りました。急いでその現場に駆けつけました。そこにはドラム缶に囲まれたマルの姿がありました。マルは少し怯えた様子で、名前のとおりまん丸い目をしてこちらをじっと見ていました。早速水族館に連れて帰りましたが、マルが以前暮らしていたプールは台風で破壊されとても生活できる状態ではありません。そこで、マゼランペンギンが使っていたプールにとりあえず一時的に入ることとなりました。実に4日間マルは生まれて初めて海を経験したのです。

 何はともあれ水族館に帰ってきたマルは疲れている様子が半分、ホッとしている様子が半分でした。ホッとしたのはマル以上に僕の方でした。その日からマルと僕の奮闘記が始まりました。  
 その時のマルはストレスで体中の体毛がすべて抜け落ちていました。そこで僕はまず少しでもマルが落ち着く環境を作ってあげたい、と思いました。とは言っても、マルは僕にとっても初めての担当動物でどうしていいのかさっぱり分からない状態でしたが、とにかく時間の許す限り彼女と接しました。初めのうちはなかなか陸上に上がってきてくれなかった(基本的にアザラシは恐がりな動物)のが、徐々に少しずつ上がって来てくれるようになり、マルと僕の距離が近くなっていきました。 1999年2月20日のマルの写真
1999年2月20日マル
(体の毛が抜け落ちている)

 春になり、マルの全身の毛も綺麗に生えそろいました(アザラシは一年に一回古い毛と新しい毛が生え替わる)。そのころにはマルもすっかり落ち着いていました。また、大きめのプールにも引っ越すことができとても楽しそうでした。この年の夏、僕はイルカのトレーニングで毎日のようにプールに入っていました。また、普段マルとは陸上でしか接することがなかったので、プールの中に入ってもっとマルと近づきたいと思っていました。そのころのマルは陸上では体のどこでも触らせてくれるようになっていましたが、水の中では・・・、と半信半疑でした。いざ、プールに入ってみると驚いたのは僕の方でした。マルは怯える様子もなく、逃げることもなくすぐ横にいました。このとき僕はマルが僕に『信頼を寄せてくれているんだ』と実感しました。そこで、初めのうちは向かい合って手と手を取り合いダンスをしていました。それから数日後、いつものようにダンスをしようとプールに入ると、マルがすーっと近づいてきて、何と!僕の腰を掴んでいるではないですか。僕が他の場所に移動しても彼女は寄ってきて僕に抱きつきジッとしています。  

 そのマルの表情はとてもリラックスしているように見えました。このとき、マルと僕の信頼関係は揺るぎがたいものなっていると確信しました。

一緒に泳ぐマルの写真
一緒に泳ぎ始めたマル
岡崎スタッフに抱きつくマルの写真
僕に抱きつくマル
 

 旧下関水族館が長い歴史にピリオドを打ち、海響館がオープンしました。当然、マルも一緒に引っ越してきました。以前のプールより幾分狭くなりましたが、今もマルは元気にプールを泳いでいます。海響館ではプールを横から見られるのでマルの全身を見ることができます。もし、運が良ければ通称“抱きつきマルちゃん”を見ることができるかも。是非一度足を運んでみてください。マルも皆さんに会えることを楽しみに待っていますよ。 

海獣展示課 岡崎 哲也


現在のマルと僕 -海響館2Fゴマフアザラシ水槽にて-

[最新一覧へ]