第27回 生きもののかたち
-ヘイケガニを眺めながら想うこと-
みなさんはヘイケガニを御存知でしょうか?食卓にのぼることのないカニ達の中で、ここまで広く世間様に知られた輩は、後にも先にもこのヘイケガニだけではないでしょうか。それはもうピリオドの向こう側へ!とでも言わざるを得ない程に異彩を放つその風貌、というかザ・甲羅!。そうです、壇の浦の合戦に敗れた平家の武者の、怒りとも口惜しさともとれる表情を刻み込んだとされる甲羅こそが、この生きものの名前をも決めてしまうインパクトを放っているのです。
恥ずかしながら私、ヘイケガニは壇の浦にだけ棲むものだと信じ込んでいましたら、なんと北は函館から南は有明海まで、日本に広く分布するカニだったんですね。海響館では下関にちなむ有名なエピソードを持った生きものとして展示していますが、詳しい生態がわかっていないのも手伝ってか長期間の飼育が全然うまくいきません。そこでヘイケガニの飼育試験を春から取り組みだしたことが、ヘイケガニとのにらめっこの日々の幕開けとなったのです。
ヘイケガニ
ヘイケガニ甲羅
見れば見る程ヘイケガニのかたちに心惹かれていくばかり。この甲羅には民話的な云われ以外に、生物学的にちょっと面白い考え方があるようです。ヘイケガニが今日まで生き残ってきた理由、それはまさにこの“醜い顔”にあるのだというのです。有史以前から日本人は漁業を営むなかで、おそらくヘイケガニを採る機会もあったことでしょう。しかし、この甲羅の気味の悪さから食用にされず、採ってもすぐに捨てられてきたことが、人間という強大な捕食圧をまぬがれることにつながったという説です。なるほど、確かに私達は食べ物の見た目には凄くこだわりますよね。茹でたての真っ赤なカニの甲羅が怒った顔でこっちを凝視しているようでは食欲がそがれるのもうなずけます。
次に脚に目を向けてみましょう。ヘイケガニは5対の胸脚を持っていますが、その4番目と5番目の胸脚は腹側ではなく背面についています。つまり歩行には全く使用しないのです。ではこの胸脚の使い道は一体?それは当館の水槽でも御覧頂けますが、鉗状になった脚先でアサリやカキの殻をはさんで甲羅の上に背負い込むためだったのです。『貝殻を隠れみのに悠々自適の生活を』ということなのでしょうか、5対しか(?)ない胸脚のうちの2対を身を隠すためにあてたヘイケガニの選択は、生き残るための知恵の多様さをあらためて考えさせられるいい勉強材料になりました。
ヘイケガニ脚のアップ
貝を背負ったヘイケガニ
ゆっくり“生きもののかたち”を眺めてみませんか。“かたち”は必ずなんらかの機能を表しています。『なんでこんなかたちをしているのかな?』とひとつ疑問を持つだけで、生きものの不思議の世界を垣間見るいいきっかけになると思います。
魚類展示課 稲次祐二
[最新一覧へ]